沖中造林の歴史

沖中造林の初代・沖中由松は奈良県宇陀市出身で、生家は酒屋の分家に生まれ、20歳の頃より米や油、二飛用品を天秤棒で担いで県境の高見峠を越え、三重県に行商に来ていました。由松は峠で休憩するたびに、奈良県の吉野の黒々と茂る山並みに比べ、三重県側は見渡す限り雑木林で杉・桧がまとまって植林されていないのを気に掛けていました。吉野と山続きである波瀬地域(現松阪市飯高町波瀬)においても、吉野のような林相の木ができると、その峠を越すたびに思い、家業を弟に継がせ、齢24歳で波瀬に住居を構えました。

沖中家の家紋(上り藤)
初代・沖中由松

一介の行商人である由松は、これに対応するだけの資本もなかった為、大和地方の商人や地主等有力な投資家を探し、出資を求め、村有林を借り、雑木林は木炭や椎茸生産をして、跡地に植林をし、自らその山林の監守となり、吉野林業方式の撫育等管理をすべて引き受け、波瀬地域における林業経営の足掛かりと基礎を造りました。

その後二代目・沖中由郎へと引き継ぎ、二代目においても初代同様、人が植林しないときでも植林、ひも打、枝打等の撫育に積極的に力を入れてきた取組みが、周辺の他林業家にも普及し、現在の県下有数の波瀬(飯高)林業の名を高め、地域林業発展に努めてまいりました。

現在では、三重県松阪市飯高町内を中心に約1,000ha(法人・個人所有合計)の山を管理しております。初代・由松から受継がれてきた吉野林業の手法を基に、撫育と伐採を行っており、当社の木の特徴としては、節が少なく、木目が均一で、色が良い木であり、銘木と呼ばれる材を育んでいます。

沿革

明治11年     沖中由松が24歳の頃飯高町に移住し、本格的に林業を開始

昭和20年  沖中由郎が林業を引継ぎ、屋号を「沖中木材」とする

昭和31年     沖中由郎が初代飯高町長に就任

昭和38年     沖中由郎が黄綬褒章を受ける

昭和40年     沖中由郎が勲五等瑞宝章を受ける

昭和44年     沖中由郎が紺綬褒章を受ける

昭和47年     沖中忠治が代表となる

昭和49年     沖中忠治が紺綬褒章を受ける

昭和50年     法人化「マルヲ造林株式会社」を設立
      沖中忠治が代表取締役に就任

平成2年  沖中正が代表取締役に就任

平成5年       社名を「沖中造林株式会社」に変更

平成7年  沖中正が現「松阪飯南森林組合」代表理事組合長に就任

平成15年     沖中由治が代表取締役に就任

平成21年     三重県認定林業事業体の認定を受ける

令和元年       合法木材供給事業者の認定を受ける

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